天然ガス

GTCC(ガスタービンコンバインドサイクル)で脱原発

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エントロピーの環境学試論

 熱力学によって数式化されたエントロピー増大則(熱力学の第二法則)を広く環境問題に適用する試み。

 現代文明は、石油文明である。すべての人間活動に石油消費が関わっている。(この場合、石油とは、広く化石燃料を指す。)

 石油消費量と経済活動は、密接に関係しており、このリンクを解き放つことは、現実的に不可能といってよい。石油消費量と経済活動は、単純な比例関係としてモデル化できる。節電や省エネによって達成できるのは、比例係数を小さくすることでしかなく、この比例関係は不動である。そして、省エネ活動でさえ限界があって、省エネの余地は全くないとは言えないが、すでに相当進んでおり、限界に近づいている。いわゆる、「乾いた雑巾」状態であろう。

 ともかく、経済活動があるところに、石油消費がある。

 コスト∝石油消費

 と置くことができる。この式を利用して、厳密な定量化の議論は難しいが、2つのものを比較し、どちらがより資源を使わないかなどの考察には十分使える。



 資源工学では、資源の品質を高品位、低品位と分ける。たとえば、金鉱脈があったとして、その密度が高ければ、高品位というわけだ。なぜなら、金の密度が高ければ、容易に金を鉱石から取り出すことができるからである。コストが掛からない。

 このことは、エントロピーを使って説明できる。
 高品位とは、低エントロピーを表しており、鉱石から金を取り出すのが容易なのである。金を取り出すときに、低エントロピー資源(石油や水資源)を投入するが、それが少なくてすむわけだ。
 どのぐらいの低エントロピー資源(石油や水資源)を消費するかを定量化することはほとんど不可能であるが、唯一の信頼できる指標がコストである。コストが高ければ、石油資源を多く使っていると推定できる。A鉱山とB鉱山の生産性(生産物÷生産コスト)は、主に、鉱石の品質(エントロピー)の関数である。

この事は、コストがわかれば、A鉱山とB鉱山の金生産コストを比較して、
A<B(A鉱山のコストのほうが小さい)
ならば、

A鉱山の金鉱石とB鉱山の金鉱石の品質は、
A>B (A鉱山の金鉱石のほうが高品位)
ということがほぼ確実に推定できる。

また、投入される石油資源(低エントロピー資源量)も
A<B (A鉱山のほうが資源消費が少ない)
ということがほぼ確実に推定できる。

さらに、発生する廃棄物または排熱(高エントロピー)の量も、
A<B (A鉱山の廃棄物のほうが少ない)
ということがほぼ確実に推定できる。


 リサイクルを考えてみよう。
 ペットボトルのリサイクルは広く行われているが、これは、石油資源の無駄遣いの可能性が大きい。ペットボトルのリサイクルには、石油資源から新たに作る場合に比べ、3倍のコストがかかっていると言われている。

 3倍のコストがかかっても省エネ省資源になるという大義名分によって、膨大な税金が使われているという。省エネ省資源が嘘であれば、これは正当化できない。

 ペットボトルのリサイクルを考える時、リサイクルされるペットボトルは、使用済みであり、不純物で汚れており、広い範囲(日本全国の消費される場所)に分布している。これを、浄化し、集め、資源として再利用しようというのだから、相当な手間暇と費用がかかるのは容易に想像できる。

 上記の金鉱石の例えを出せば、相当な低品位なのである。低品位のものから資源を取り出すのには、相当なコスト(∝石油資源)を消費するのである。また、さらに、浄化に多量の水資源を投入する必要がある。加えて、手間がかかるということは、人間の労働(ペットボトルリサイクルの場合は、主に消費者の無償労働)を投入している。

 広く分布したものを集めるのに、トラックで運ぶわけで、現実に石油資源を消費する。
全ての投入される石油資源は、コストに正直に反映される。3倍のコストがかかるのであれば、石油資源の節約どころか、浪費の可能性が非常に高い。

 エントロピー論を持ち出せば、汚れたペットボトルが広く日本全国に散らばっている状態をエントロピーの増大した状態とみることができる。この増大したエントロピーを低減させ、資源として再利用するには、エントロピー資源の投入が必要なわけで、概観しただけでも、得られる資源よりも、消費する資源のほうが大きいだろうと推測するのは容易である。

 エネルギーや資源を利用する、または、再利用する場合、必ず、資源を投入するのである。投入される資源量を定量化するのはほとんど不可能であるが、唯一、指標として使えるのは価格である。資源投入量は、正直に価格に反映される。他の言い方をすれば、経験的に知られているコストの中に占めるエネルギーコスト(∝エネルギー投入量)とかけ離れたものは、どこかに嘘が隠されているだろうとみて良い。



 太陽光発電を推進する専門家によると、太陽光発電に投入されるエネルギーは、非常に小さく、投入されるエネルギーと生産されるエネルギーの比(ERR)は、最新型なら30倍と言われている。このEPR=30から、太陽光発電の総価格に占めるエネルギー価格を求めると、経験的に知られている数字の約100分の一になる。太陽光発電装置の製造や運搬、設置などは、通常の鉱工業生産過程と比べて、特別な工程ではないので、特別に投入エネルギーが少ないことは考えられない。ということは、EPR=30と置いたのが間違っているのである。

 経験的に知られているコストの中のエネルギー消費比率を適用すれば、太陽光発電は、火力発電に比べて、石油資源の浪費という結論が導き出せる。この事は、コストに反映されているのである。コストが正直に石油資源の浪費を表しているのである。太陽光発電のコストが下がらない理由は、生産過程で、石油資源をかなり消費しているからであろう。(現実に、高品位のシリコン生産に相当の電力と石油資源が使われている)




 エネルギーや物を生産する過程は、エントロピーを減少させる過程と見ることができる。エントロピーを減少させるためには、別の低エントロピー資源を消費する必要がある。現代文明では、この低エントロピー資源は、殆どの場合石油である。

 さらに、生産活動は、製品という低エントロピーの生産だけでなく、低エントロピー資源を消費し、生産量より多い高エントロピー必ずを排出する。これが、産業廃棄物である。水という低エントロピー資源を使えば、廃液と言う高エントロピーを排出しなければならない。もしも排出しなければ、生産工場は、高エントロピーが溜まって停止してしまう。

 排出される高エントロピーが環境に負荷を与え環境を汚す。自然浄化以上の汚染があるならば、浄化装置が必要である。エントロピー増大則を適用すれば、その浄化には、低エントロピー資源(石油)の投入が必要である。

 生産活動の生産面ばかりでなく、同時に生産される廃棄物(高エントロピー)を忘れてはならない。そのエントロピーの大きさは、生産された低エントロピーを上回るのである。環境汚染とは、人間の出す高エントロピーに他ならない。

 環境問題とは、人間活動によって出る高エントロピーをどうやって自然浄化システムにつなげるのかと言う問題である。別の言い方をすれば、環境問題とは、廃棄物とゴミの行方を追うことである。




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もちろん、こういう壮大な構想は、私のオリジナルではなく、受け売りです。
この系譜の学者は、槌田敦、武田邦彦など。異端の学者かな?

御用学者ではないことは確かなようです。

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エントロピーを理解することによって、環境問題や資源問題、リサイクルなど多岐に渡る問題を統一的に概観できる。エントロピーに注目することこそ、新しい自然観を提供する方法だ。

地球は、太陽から太陽光という低エントロピーを受け取り、赤外線を出して高エントロピーを排出する定常開放系である。生命現象も定常開放系。

ただ、エントロピーという言葉自体に馴染みがなく、概念も難解かもしれないので、上記の日記を持って、封印したいと思います。試論だけで終わってすいません。各論も書けばいくらでも書けますが、分かりやすいを信条にしているので、わかりにくい問題をわかりにくい言葉で説明することになりそうなので、止めます。

| 脱原発日記 | 11:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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