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GTCC(ガスタービンコンバインドサイクル)で脱原発

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生物の基本設計図と自然観の革命

 生物の基本設計図は、遺伝子に書きこまれていて、分子生物学の猛烈な発展で、その解明が進んでいる。

 これとは全く別に、マクロな?生物学は、生物の基本設計図の概要を解き明かしている。

 人間は自然の一部、自然と共に、自然に帰ろう!等々の自然主義的な風潮が近年流行しているようであるが(私はこの風潮に組みしないが)、自然とは何か、人間はどこまで自然と一体で、どこから反自然なのか、考えてみよう。

 生物学の教えるところによれば、昆虫や哺乳類などいろいろな生物がいるが、その基本設計に、ある共通点があることがわかっている。きれいな数式で表すことができるという。






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 わかりやすい例を出すと、哺乳類の時間に関する基本設計は、大きな動物ほど長く、体重の四分の一乗にほぼ比例して長くなるということがわかっている。
 時間に関する基本設計とは下記のようなものである。

寿命、
成体(大人)になるまでの期間、
赤ん坊が胎内にとどまっている期間、
息をする時間間隔、
心臓が打つ時間間隔、
蠕動間隔、
血液が体内を一周する時間、
タンパク質が作られ手から壊れるまでの時間、



 個体の群集密度(人間の場合は人口)も体重と関係がある。
象などの大きな動物は、密度は低く、アリなどの小さな生き物は密度が大きい。
人間のサイズ(体重60キロ)なら、1平方キロあたり1.4匹が妥当な人口密度と計算できる。
 現実には、日本の人口密度は、1平方キロあたり320人だそうだから、人口過剰なわけだ。日本の人口密度は、標準的な動物の密度と比較すれば、約230倍である。


 動物は、食物からエネルギーを得る。動物のエネルギー消費量はどうだろうか。

 「動物の標準代謝量は、体重の四分の三乗にほぼ比例する」ということもわかっている。
 大きな動物ほどたくさんのエネルギーを消費する。注目すべきは、きれいな数式で表されるすべての動物に共通するこの基本設計である。

 動物は、食物から得る以外のエネルギーを使わないが、人間は、火を使い、石油を使い、原子力を使って、エネルギーを消費する。
 日本人のエネルギー消費をこの基本設計に当てはめて考えると、なんと約63倍のエネルギーを消費しているそうである。体重4.3トンの象に匹敵するエネルギーを消費していることになる。

 日本人は、自然界の作った基本設計から大きく外れ、4.3トンの象のように肥大化し、230倍の人口密度の中に押し込まれ、63倍のエネルギーを使って暮らしているのである。

 自然の基本設計に従って生きるというのは、自然に順応していくという動物たちの生存戦略であろう。また、「自然と一体となった自然の一部として動物たち」という見方が成り立つかもしれない。ならば、人間は、自然の法則から大きく外れた「狂った猿」と見ることができる。

 日本人を含め文明人と言われる人間は、自然の法則に逆らった生活をしているのだから、その歪が出るのは当たり前であろう。自然破壊やエネルギーの過剰消費の問題の起源はここにあると思う。

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 しかし、人間は、文明を手放すことはなかなかできないだろうし、そもそも、火を使いはじめたから人間なのであって、反自然的な行為は、人間的な人間らしい行為と言えなくもない。

 エネルギー消費や資源消費は、生物の基本設計から眺めれば「過剰」は、明らかであるが、自然の浄化作用の範囲に収まるならば、なんとか許されるのではないか。

 自然界の浄化作用の許容範囲を見極めて、その範囲内で生活する事が必要だと思う。
 自然の許容範囲の見極めは、さしあたり、環境汚染度としてモニターできる。人間は、自然の法則に逆らって生きている自覚が必要だと思う。であるから、その程度(許容範囲)をモニターして知る必要があるわけだ。モニターすべきものは環境の汚染度であり、ゴミの行方である。

 日本のエネルギー消費量もこの十数年頭打ちになった。欧米各国も同様だ。いま、文明の方向は変わりつつあると思う。

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 以上のような自然観は、最近はごく当たり前の事のように語られるようになった。自然を改造し支配しコントロールしようという人間中心主義の自然観は消滅したように見える。この社会思想的変化を自然観の革命と呼べば、20世紀のどこかで、世界ほぼ同時に起きたと推測できる。

 この革命は、共産主義革命などのように派手な革命ではないが、私たちの価値観を根底から覆し、生活を大きく変える最も重要な革命だったのかもしれない。それは、静かな内なる革命であった。

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 脱原発運動の大きな流れも、この内なる革命の中で見ることができる。社会革命とは、まずはじめに内なる精神革命が先行するものだからだ。

| 脱原発日記 | 05:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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